電子マネーが解決

日本円は紙幣や硬貨を捨てて電子マネーに移行するべきである.そうなるまでに100年単位の時間がかかるかもしれないが,最終的な実現を目指すべきである.

電子マネーへの以降には決済コストの削減以上の意味がある.すべての現金が電子マネーに置き換われば,不況の問題を完全に解決することができる.

不況は,投資と貯蓄のアンバランスから生じる.労働者が貯蓄を増やし,消費に回すお金を減らすと,企業の収入が減り労働者に支払われる賃金が減る.そのうちにリストラが行われ失業者が増えていく.これを回避するのが金融である.銀行は貯蓄に回ったお金を企業に貸し付け,市中に放出する.企業に貸し出されたお金はやがて労働者に賃金として支払われる.

つまり,企業が労働者に支払った賃金は,「労働者の消費」と「労働者の貯蓄→銀行を経由して投資」という2つの経路で企業に戻ってくる.昨今「消費」が増えないことが問題とされているが,その原因は消費すべきお金が貯蓄に 回っているからである.貯蓄されたお金が投資として十分に企業に戻ってこないと,やがて企業から家庭に支払われる賃金も減少し,悪循環になる.これが不況である.

貯蓄されたお金がすべて企業の投資に回れば不況は発生しない.しかし貯蓄は預金者の都合で行われ,投資は企業の都合で行われる.貯蓄と投資のバランスが常に取れるとは限らない.

このバランスをとるのに使われるのが市場である.市場には,売り手と買い手の量を,価格の変化を通じて調節する機能がある.同様に貯蓄と投資のバランスを取るのも,市場にまかせれば簡単に思える.不況時にそれがうまくいかないのはなぜか? それは貯蓄量や投資量の調節に必要な価格の決定能力が制限されているからである.

銀行にお金を貯蓄する側・銀行からお金を借りて投資をする側を,市場での売り手・買い手として考えると,価格の調節に相当するのは金利の変化である.金利が上がれば貯蓄側に有利になり,金利が下がれば投資する側に有利である.不況時は貯蓄する側が多数になり,貯蓄と投資のバランスが崩れているので,金利は投資側に有利になるよう設定されなければならない.

問題は,銀行が預金者に提示する金利は,0を下回ってマイナスになることはない,ということである.金利がマイナスの時に現金を銀行に預けると,額が減って返ってくる.これでは誰も銀行にお金を預けたがらない.紙や金属でできている現金は,放っておいても腐ってなくなったりしないし額も変わらないからである.

貯蓄する側が圧倒的に多いのに,投資する側に有利な金利設定ができない.これが不況時に貯蓄と投資のバランスをとるのが難しい理由である.

もっとも現在,銀行の金利は極めて低く,大部分の人は銀行から受け取る利子以上のATM手数料を銀行に払っている.金利がマイナスなったら,貯金が減ってしまって困ると思う人がいるかもしれないが,すでに実質的なマイナス金利状態なのである.今世の中の人びとは現在の100円よりも未来の100円のほうが価値があると信じて貯蓄をしている.多少のコストをかけても未来の出費のためにお金を残しておくことを選ぶ.実際に今100円を銀行に預けると,手数料などを引かれて100円未満のお金を引き出す結果になる.

それならば最初から金利をマイナスにして,もっと投資を促進するべきである.少子高齢化が進む日本に必要なのは,生産量を向上するための設備投資ではなく,生産効率を上げるための研究開発への投資だ.研究開発への投資はよりリスクが高いが,金利が0を超えて下がればハイリスクな投資が許容されるようになる.そうなれば,賃金が投資先の労働者に支払われるし,技術革新によって将来の生産効率を向上することができる.

しかし実際はマイナス金利を設定すると,預金者は銀行からお金を引き出し始めるので銀行が破産してしまう.

現金が電子マネーに置き換わるべきというのは,そうすることでマイナス金利を自然に適用できるからである.現金は物質であり,銀行に預けず自分で持っていれば額面が変化しないので,最低利子率0%が保証されている.しかし,電子マネーであれば銀行が自由にマイナスの金利を設定できる.

もし日本円が電子マネーになったなら,預金者は数ある銀行の中からもっとも自分に有利な金利を提示する銀行を選んで資産を預けておけば良い.マイナスの金利が嫌ならば,株に投資したり,外貨を買ったり,金のような現物資産を買ったりする自由が預金者にはある.ただし株や外貨や金の値段は変動するので元本を割らないという保証はない.

もちろん今の日本は,電子マネーへの完全移行という突拍子もない政策を採用してはいない.代わりに掲げているのが,2%のインフレターゲットである.これは預金の方を減らせないので物価をあげようという策であり,すべての日本円にマイナス2%の金利を設定しようというのと,実は同じことだ.問題は物価は金利に比べて遥かに動かしにくいということである.それでも物質的な現金によって最低金利0%が保証されている現在の経済では,インフレ以外に実質金利を0以下にする方法がない.

だが現金がすべて電子マネーになれば,銀行が市場の働きを通じてマイナス金利を設定し,それによって投資が刺激されるといった,より簡単な方法で不景気を克服できるようになる.100年後か1000年後かはわからないが,米→金属→紙幣と変わってきた貨幣が次に採用すべき媒体は電子である.